空洞

Hearthstone(ハースストーン)の話など。雑記もあります。

人間は、価値を認めている相手から注意をされたら、素直に言うことを聞きますがそうでない場合は、どんなに正当な内容でも反感を抱いてしまうものなのです。

人間は、価値を認めている相手から注意をされたら、素直に言うことを聞きますがそうでない場合は、どんなに正当な内容でも反感を抱いてしまうという話。

 

例えば、対戦格闘ゲームで対空技がうまく出せないプレイヤーがいたとして、そこらへんのよく知らない奴に「対空出せないと勝てないよ」なんてアドバイスを受けたとしても、

「知っとるわボケ! てめえが出せるんかゴミが!」

と心の中で思うでしょう。口に出すプレイヤーも少なくないと思います。

でもウメハラに「対空出せないって、さすがに?」

なんて言われたら、彼はその日のうちに練習し始めるでしょう。

 

つまり人間は、価値を認めている相手から注意をされたら、素直に言うことを聞きますがそうでない場合は、どんなに正当な内容でも反感を抱いてしまうものなのです。

 

シャドウバースグランドマスター到達者のみが知っているたった一つの真実、5選

 
 
 

1.相手のライフを0にしたら勝つ

f:id:void_25:20170806033552j:plain

先に自分のライフが0になったら負け

 

 

2.デッキに入ってないカードは駆けつけない

f:id:void_25:20170806033613j:plain

瓦は鋭い

 

 

3.回線切れには気を付ける

f:id:void_25:20170806033656j:plain

トンネルに入ると落ちる

 

 

4.妄想を語らないで確率を計算する

f:id:void_25:20170806033649p:plain

鵜呑みにしない

 

 

5.チームに入ってもポイントは増えない

f:id:void_25:20170806033700j:plain

消防車は来ない

 

 

 

 

寛容度の話 【人に迷惑をかけるな】

「ベビーカーが邪魔」「赤ちゃんの泣き声がうるさい」「人を誤解させたカス」「あいつは違法行為した屑」「あんなこと言って許されると思ってんの?」「はやく謝罪しろ」

 

見ているだけでとげとげしく人を突き刺すような文章だ。

日本社会には、ベビーカー論争や様々なネット炎上にみられるように、少数派や異なる価値観を排除したり、些細な失言を徹底的に攻撃する不寛容が広がっているのが現状だ。

寛容度という概念はここでは名の通り、人間の寛容さを示している。どの程度まで許せるか、という閾値に近いだろう。

ここ最近、それが低い人が目につく。目につく、といったレベルではなく、あまり主語を大きくしたくないのだが、社会全体に寛容さがなくなっているとすら感じる。10代~20代の人間に特に聞きたいのだが、生きていて窒息しそうなほど生き苦しく感じたことはないだろうか。

 

 

この寛容度の低下は、推測するに2つの事柄が影響しているようだ。

一つ目は世界の情報過多・高速化で、情報を手に入る量が大きく変化し続けていることだ。説明するのは非常に難しいが、これは明示しなくても感じているだろう。

なにせ私たちはYoutubeの動画再生を10秒だって待つことができなくなっているのだから。

 

二つ目は承認欲求と所属欲求の変化だ。いわゆるSNSだな。あまりに身近になりすぎてしまった。誰もが情報発信をし、誰もが観察される世界。相互監視だな。これに関する考察はたくさんされているだろうから、車輪の再発明をしてもしょうがないのでここでは割愛させてもらう。

 

一部の日本人はもはや絶対許さないマンだ。寛容度0の人たちはかなり危険な精神状態にあるといえる。イスラム原理主義者に近いものを感じる。つまり、それは彼らにとって絶対で、守らない人間は死ぬべきなのだ。その人間が死んだとしても当然と思うような状態だ。

どうすればみなが寛容になるかは私にはわからない。ただ、狭い世界に閉じこもれば籠るほど、その排他的な攻撃性は上がって、寛容度が下がるように感じる。日本の学校制度がその最たる例だともいえる。(いじめについて以前書いたがそれに近い)

 

 

思考まとめ

「人に迷惑をかけるな」という文化は日本に根付いている。しかし、「人に迷惑をかけるな」ということは、自分も人に迷惑をかけてはいけないという制約を課している。これは良くない。

日本人はどうして死ぬ直前まで人に助けを求めないの?という外国人ライフセーバーがいた。
「こんなことで他人の手を煩わせてはいけない」
そう思って死んでいくなんてどこか変じゃないか。そもそも人の手を煩わせないなんて生きている以上到底無理な話だ。

今私が住んでいる国では、「生きることは人に迷惑をかけること。だから人の迷惑も許そう」という文化がある。日本人には家族に対してすら遠慮するようなことも平気でする。でも実際されてみると、大したことじゃなかったりする。

まあ夜11時に寝るって言ってるのに夜中に電話かけてくるのにはやっぱり腹が立つんだけどさ笑

でも、笑って許してあげよう。迷惑をかけないことよりも、相手を迷惑だと思わないで受け入れる環境のほうがいいじゃないか。

で、明日から試してほしいことは、「人に迷惑をかけまくってみる」だ。自分が我慢していたような、でも法を犯さないようなことで、他人に迷惑かもしれないけど、やってみたいことをやってみてほしい。

 

ではまた。

年収1000万円の使い方・年収の損益分岐点

 

年収1000万円の稼ぎ方は知っている。しかし、その1000万円の使い方を学んだことはないのだろうか。
幸いなことに、そして不幸なことに、年収が400万円もあれば現在の日本ではさしたる不自由なく暮らしていける。病気、健康、レジャーに関しても無駄な使い方を避ければ様々な使い途ができる。
*それでも幸せに感じない理由は別記事参照

可処分所得が700万円程度に減少することを理解しつつ、その700万円をどのように使えば幸せな気分になれるのか、それを考えてみよう。

続きを読む

ブログを書く理由と欲求

理由は以下の3点。

1.ブログには文字数制限がない

2.TwitterはあまりにReactiveである

3.思考しダダ漏らすのが楽しい

文字数制限がないってのは最高だ。Twitterとの比較になってしまうけれど、やはり140字で書けることというのは限られている。正確に伝えることが難しい。それはそれで和歌のようで美しくはある。

また、ツイッターにはリプライ、リツイートやlikeといった機能があり、書いたことに対してどのような反応が来るかを気にしがちである。そのリアクションを気にして思考を邪魔されてしまってはしょうもない。ブログも反応はあると思うのだが、反応するのに手間がかかるので好きなことを書けるのが現状だ。これはヤバいな、と思った記事は公開せずに下書きにためておいて後で読み返すのがなかなか楽しい。そんな記事が数十個ある。

反応について考えると、最近の中高生は大変だなあと思う。即時反応を求められて生きると反応中毒症状でたぶん手放せなくなり不安症状が…みたいな記事も思いつき次第書ける。ん?ツイッターでもいいか?わからん。これが思考のダダ漏らしだ。こんな感じでガンガン書いてのちにまとめるってのは別にそういう技能がほしいわけではなくて、楽しいからやっているのである。

 

でもほしい物リストは載せる

私はブログに広告を全くつけていないし、収益化しようというわけではないけれども、私個人を応援したいという難儀な方のためにほしいものリストを公開させていただきます。実際なにか頂いたら書きます。コメント付きで送ってくださいませ。

www.amazon.co.jp

 

ではまた。

 

 

やられたらやり返さなくてはいけない3つの理由

 
 
 

やられたらやり返さない、というきれいごとを聞いたことがあるだろう。

なぜそれが成立すると思えるのだろう。私には到底わからなかった。人類はそこまで愚かでない。そして賢くなればなるほどやり返さなければいけない。

逆じゃないかって? いやいやそうではないのだ。賢いからこそ、やり返さなければいけない。その理由を下記に記す。

 

1.加害者は止まらない

被害者側が無抵抗であるならば、加害者側は攻撃を繰り返し続ける。搾取し続ける。なぜなら、そこにリスクがないからだ。その人間の頭を叩くと5万円が口からあふれる構造になっていたら、人間はなんらかの理由をつけてその人間の頭を定期的に叩き続けるだろう。

やり返すことで、加害者側にもリスクが生まれる。攻撃することが自分の割に合わない、そう考えられる人間は賢い。反撃すること、それが抑止となる可能性があり、小事においては解決ともいえる一時的平和が訪れるのだ。リスクを鑑みず突っ込んでくる人間もいるが、そういう人間はもはや人間扱いすべきではない。しかるべき手段を取ろう。

 

2.話し合いという選択は反撃があるから成り立つ

こういうことを言うと話し合いを持ち出す人間が少なからずいる。しかしながら、話し合いとは対等な立場であるからこそ生まれる交渉方法の一つだ。被害者側に反撃方法がなければ、そんなものは成り立たない。加害者側から無理な条件を押し付けることにリスクがないからだ。話し合いは加害者側による単なる脅迫に終わることが多いだろう。

しかし、やり返すという選択肢を持っていることを実証できれば、話し合いの場を設けられる可能性がある。攻撃されたくないから、話し合い(交渉)によって結論を導き、答えを出せる。だからこそ、やり返さなければいけないのだ。

 

3.法では裁けない

人間は自分が被害者にならない限り深く考えることはない。人が死ぬまでは矮小な問題だと考える。痴漢冤罪で誰かが自殺したり、ストーカーに誰かが刺されない限り、それを無視し続ける。

それを防ぐためには、あなたが自衛するしかないのだ。カモだと思われてはいけない。無理だと思ったら助けを求めろ。頼れる人間がいないならネットで探せ。もしくは私を頼れ。

 

かなりかいつまんで書いたので、反論が多くあるかもしれない。そうだ。自分の意見と違うことを言われたならば、言い返すべきなのだ。

 

 

 

 

ゲームにおける目標設定の難しさ、無意識的目標

 
 
 

あなたの目標はなんですか?

ゲームにおいてそのような質問を投げかけられたとしても、答えるのは難しいことが多い。なぜなら
「楽しいからやってるだけ、エンジョイしているだけだから」
と答える方が多いだろう。

でも本当にそうなのだろうか?

人間は全く目標なくゲームを続けていけるのだろうか?

 

その疑問について今回は少し考えてみたいと思う。
(グウェントというゲームの楽しみ方を考えていたらこんな記事になってしまいました)

続きを読む